名古屋地方裁判所 平成4年(わ)729号 判決 1992年12月02日
右四名に対する各詐欺被告事件につき、当裁判所は、検察官畔柳章裕出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人Y1及び被告人Y2をそれぞれ懲役六年に、被告人Y3及び被告人Y4をそれぞれ懲役四年に処する。
被告人四名に対し、未決勾留日数中各一六〇日を、それぞれその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Y1は、名古屋市<以下省略>aビル四階に本店を置き、海外商品市場における先物取引の受託業務等を営業目的とする株式会社bの専務取締役として同会社の業務全般を統括していたもの、同Y2は、同会社の常務取締役として同会社の業務全般、特に営業活動全般を統括していたもの、同Y3は、同会社の業務副部長として同会社から海外市場の会員会社に対する玉の発注業務に従事していたもの、同Y4は、同会社の営業次長として同会社の営業社員を指揮監督するとともに自らも営業活動に従事していたものであるが、
第一 被告人四名は、先物取引の委託保証金名下に多数人から金員等を騙取しようと企て、同会社管理室長である分離前の相被告人A及び同会社営業社員のBらと共謀の上、真実は、顧客のために誠実に先物取引の仲介契約を履行する意思がなく、かつ、顧客から原油等の先物取引の委託保証金名下に受領した金員等は、ほとんど海外市場の会員会社に送金せずに直ちに会社の経費及び被告人らの遊興費等に費消するのであって、顧客の要求があれば直ちに取引を清算して確実に委託保証金及び利益を顧客に返還する意思がないのに、これあるように装い、自ら又は営業社員を介して、
一 別紙犯罪事実一覧表一記載のとおり、平成元年一二月中旬ころから平成二年六月上旬ころまでの間、前後六回にわたり、同市熱田区c株式会社ほか一か所において、Cに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、右Cをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年一月中旬ころから同年六月上旬ころまでの間、前後三回にわたり、同市<以下省略>aビル四階株式会社b事務所において、同人から委託保証金名下に、現金合計三一〇万円の交付を受けてこれを騙取し、
二 別紙犯罪事実一覧表二記載のとおり、平成二年四月下旬ころから同年一〇月上旬ころまでの間、前後六回にわたり、同市中区d社ほか二か所において、Dに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Dをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年五月中旬ころから同年一〇月中旬ころまでの間、前後四回にわたり、同区d社ビル一階喫茶店「e」ほか二か所において、同人から委託保証金名下に、現金合計四九〇万円及び小切手一枚(金額四五〇万円)の交付を受けてこれを騙取し、
三 別紙犯罪事実一覧表三記載のとおり、平成二年八月上旬ころから平成二年九月上旬ころまでの間、前後五回にわたり、同市中村区f株式会社名古屋西営業所ほか二か所において、Eに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Eをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年八月中旬ころから同年九月中旬ころまでの間、前後四回にわたり、前記f株式会社名古屋西営業所ほか一か所において、同人から委託保証金名下に、現金合計一〇四八万円の交付を受けてこれを騙取し、
四 別紙犯罪事実一覧表四記載のとおり、平成二年二月中旬ころから同年一一月中旬ころまでの間、前後一六回にわたり、同市<以下省略>株式会社gほか二か所において、Fに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、右Fをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年二月下旬ころから同年一一月中旬ころまでの間、前後一〇回にわたり、前記株式会社b事務所ほか二か所において、同人から委託保証金名下に、現金合計四六一一万二〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、
五 別紙犯罪事実一覧表五記載のとおり、平成二年四月下旬ころから同年八月下旬ころまでの間、前後八回にわたり、同市中村区h株式会社ビル三階h株式会社i本部企画開発部事務所ほか二か所において、Gに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Gをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年五月上旬ころから同年八月下旬ころまでの間、前後七回にわたり、同人から、同市中区錦c銀行j支店ほか二か所から同市<以下省略>株式会社太陽神戸三井銀行名古屋中央支店の株式会社b名義の普通預金口座に、委託保証金名下に、現金合計一六八〇万円の振込入金を受けてこれを騙取し、
六 別紙犯罪事実一覧表六記載のとおり、平成二年六月中旬ころから同年八月中旬ころまでの間、前後五回にわたり、同市中村区kビル五階l株式会社名古屋支店ほか二か所において、Hに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Hをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年七月下旬ころから同年八月下旬ころまでの間、前後三回にわたり、前記株式会社b事務所において、同人から委託保証金名下に、現金合計三〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し、
七 別紙犯罪事実一覧表七記載のとおり、平成二年七月中旬ころから同年八月中旬ころまでの間、前後六回にわたり、同市<以下省略>合資会社Kほか一か所において、Iに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Iをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年七月中旬ころから同年八月二〇日ころまでの間、前後六回にわたり、前記合資会社Kほか三か所において、同人から委託保証金名下に、現金合計六四〇万円の交付を受けてこれを騙取し、
八 別紙犯罪事実一覧表八記載のとおり、平成二年八月下旬ころから同年一〇月上旬ころまでの間、前後六回にわたり、同市名東区J方ほか一か所において、Jに対し、直接あるいは電話を使用し、同一覧表欺罔文言欄記載のとおり、それぞれ虚構の事実を申し向け、Jをして、その都度、その旨誤信させ、よって、平成二年八月下旬ころから同年一〇月中旬ころまでの間、前後四回にわたり、前記株式会社b事務所ほか一か所において、同人から委託保証金名下に、現金合計三八〇万円の交付を受けてこれを騙取し、
第二 被告人Y1、同Y2及び同Y4は、先物取引の委託保証金名下に顧客から金員等を騙取しようと企て、同会社管理室長の前記Aと共謀の上、前記第一同様に装い、被告人Y4において、平成三年一月上旬ころ、前記株式会社b事務所から前記株式会社gに電話をかけ、前記Fに対し、「ソ連がバルト三国へ武力介入したので、アメリカのソ連向けの輸出がストップしそうだ。そのため大豆の値が大きく下がります。このままでは大豆油に追証がかかる危険があるので、三月物を一〇枚仕切って売りを二二枚建てましょう。九二五万円くらい必要です。追証になって即入金を迫られる方が大変です。」などと虚構の事実を申し向け、同人をして、その旨誤信させ、よって、同年二月中旬ころ、同市<以下省略>n司法書士事務所において、Kを介して右Fから現金九二四万六三〇五円の交付を受けてこれを騙取し
たものである。
(証拠の標目) (なお、括弧内の甲1等の番号は、本件記録中の証拠等関係カード(検察官請求分)記載の各証拠番号を示す。)
判示事実全部について
一 被告人四名の当公判廷における各供述
一 分離前の相被告人Aの当公判廷における供述
一 被告人Y1の検察官(乙3ないし5、9ないし13、54)及び司法警察員(乙6ないし8)に対する各供述調書
一 被告人Y2の検察官(乙17、25、26)及び司法警察員(乙18ないし24)に対する各供述調書
一 被告人Y3の検察官に対する各供述調書(乙41ないし45、59)
一 被告人Y4の検察官に対する各供述調書(乙49、51、61)
一 分離前の相被告人Aの検察官に対する各供述調書(乙30、32、34、37)
一 B(甲23)、L(甲46ないし48)、M(甲49、50)、N(甲51、52)、O(甲53)、P(甲54)、Q(甲55)、R(甲56)及びS(甲89)の検察官に対する各供述調書
一 Tの司法警察員に対する供述調書(甲44、45)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲28ないし43)
一 登記官作成の閉鎖登記簿(謄本)(甲1)
判示第一の一ないし三の各事実について
一 被告人Y4の検察官に対する供述調書(乙50)
一 Bの検察官に対する供述調書(甲27)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲22)
判示第一の一の事実
一 分離前の相被告人Aの検察官に対する供述調書(乙33)
一 Bの検察官に対する供述調書(甲24)
一 Cの検察官に対する供述調書(甲2、3)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲5)
一 司法巡査作成の捜査報告書(甲4、6)
判示第一の二の事実
一 分離前の相被告人Aの検察官に対する供述調書(乙35)
一 Bの検察官に対する供述調書(甲25)
一 Dの検察官に対する供述調書(甲7ないし9)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲10、13)
一 司法巡査作成の捜査報告書(甲11、14)
一 検察事務官作成の捜査報告書(甲12)
判示第一の三の事実
一 分離前の相被告人Aの検察官に対する供述調書(乙36)
一 Bの検察官に対する供述調書(甲26)
一 Eの検察官に対する供述調書(甲15、16)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲17、19、21)
一 司法巡査作成の捜査報告書(甲18)
一 司法警察員作成の電話通信書(謄本)(甲20)
判示第一の四ないし八及び判示第二の各事実について
一 被告人Y1(乙53)、被告人Y2(乙55)、被告人Y4(乙60)及び分離前の相被告人A(乙57)の検察官に対する各供述調書
判示第一の四ないし八の各事実について
一 被告人Y3の検察官に対する供述調書(乙58)
判示第一の四ないし七の各事実について
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲90)
判示第一の四及び判示第二の各事実について
一 Fの検察官に対する供述調書(甲57)
一 司法巡査作成の捜査報告書(甲60)
判示第一の四の事実について
一 Uの司法警察員に対する供述調書(甲61)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲58)
判示第一の五の事実について
一 Gの検察官に対する供述調書(甲63)
一 Sの検察官に対する供述調書(甲64)
一 司法警察員作成の捜査関係事項照会書(謄本)(甲65、67、69)
一 株式会社東海銀行大津町支店、同岐阜信用金庫加納支店及び同第一勧業銀行津島支店作成の各捜査関係事項照会回答書(甲66、68、70)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲71ないし73)
判示第一の六の事実について
一 Hの検察官に対する供述調書(甲74、75)
一 Sの検察官に対する供述調書(甲78)
一 Qの司法警察員に対する供述調書(甲76、77)
一 Bの司法警察員に対する供述調書(甲79)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲80、81)
判示第一の七の事実について
一 被告人Y2の検察官に対する供述調書(乙56)
一 Iの検察官に対する供述調書(甲82)
一 Vの司法警察員に対する供述調書(甲83)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲84、85)
判示第一の八の事実について
一 Jの検察官に対する供述調書(甲86)
一 Sの検察官に対する供述調書(甲87)
一 司法警察員作成の捜査報告書(甲88)
判示第二の事実について(被告人Y3を除く被告人三名に対して)
一 Wの司法警察員に対する供述調書(甲62、91)
一 司法警察員作成の写真撮影報告書(甲59)
(法令の適用)
罰条 刑法六〇条、二四六条一項(なお、判示第一の一ないし八の各所為はそれぞれ包括一罪)(被告人Y3に対しては判示第一の各所為のみ)
併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の四の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法二一条
訴訟費用の不負担(被告人Y1、同Y3について) 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
一 本件は、海外商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社bの役員や幹部社員であった被告人らが、同社の他の社員らと共謀の上、一般の顧客が海外商品市場における先物取引の知識に乏しいことに乗じ、いわば会社ぐるみで、平成元年一二月中旬ころから平成三年二月中旬ころまでの間、被害者八人から、海外(米国)先物取引の委託保証金名下に、合計一億八三三万八三〇五円(平成三年一〇月に警察の捜索が入った後の同年一二月に退社した被告人Y3については判示第二の罪の分を除く九九〇九万二〇〇〇円)もの極めて多額の金員を騙取したという、組織的かつ計画的な詐欺事犯である。
二 b社においては、まず、営業社員が、市販の名簿等を利用して勧誘に適するとみられる三〇歳代以上の会社員の職場に無差別的に電話を架けて顧客の関心を誘い、その資産状況や反応を確認した上で、勧誘に乗ってくる見込みがあると判断された顧客については営業社員が直接訪問を行い興味付け等を行っていた。次に、上司の営業社員が、部下の営業社員が訪問した相手に対して、その部下の営業社員の名を使って再度顧客の勤務先に電話を架け、「今突発的な事態が発生したため、勧めた商品の価格が暴騰する。今、買えば確実に儲かる。買いが殺到しているので買えるかどうかわからないが、運良く買えたら付き合って欲しい。」旨嘘を言うが、その際、電話を架けている者の周りでは、その場にいる営業社員が大声で「買い。買い。」、「○○商事、買い何枚」等と叫び、電話の相手に、真実当該商品の価格が暴騰し、多くの者が買いに走っているとの偽装工作を行っていた。(かかる偽装工作のためb社の営業室には当初から防音壁が設置され、かかる声が外部に漏れないようにされていた。)そして、相手が、これに対して、「はい。」、「分かりました。」等と答えるまで粘り、相手がこの様に答えると、一旦電話を切り、約五分ないし一〇分後に再度電話をし、本当は注文すら出していない(日本時間の日中には米国市場では立会いを行っていない)のに、「運良く買えた。」旨嘘を言っていた。その後、再度相手方の職場を訪問し、右のように買えた商品(玉)で短期間に確実に利益を上げることができ、取引はいつでも終えることができ、保証金と利益は取引終了から一〇営業日以内に返還される旨等虚偽の事実を申し向けて騙した上、クーリング・オフによる解約を避けるため、相手をb事務所に呼び、取引委託契約書を作成させ、委託保証金を支払わせていた。
b社においては、顧客からの注文玉について、名目的に注文を出す外形を作出すべく、本件各犯行当時は「スプレッドオーダー」という注文方式をとっていた。これは、基本的に、同一商品の各限月(売買約定を最終的に決済しなければならない月)の建玉を合計して売りと買いが同数になること、同一商品の同一限月で建玉が売り買い同数にならないことという二つの条件を満たすように調整して玉を発注する方式であり、これにより、米国市場に対して極く少額の証拠金を送金するだけで玉発注の外形を作出することが可能となるのである。b社では、顧客から受領した委託保証金については、右のように米国市場に送付する名目的な極く少額の証拠金を除いては、基本的に会社の経費ないし被告人らの遊興費等に費消されていた。
従って、顧客が取引を終えて委託保証金を返還して欲しいといってもこれに応ずることはできず、種々の理由を付けて顧客を積極的に損勘定に持ち込んでその要求を封じる必要があった。このように顧客を損勘定に持ち込むための方法としては、長期間にわたり無意味な取引を繰り返させ無用の手数料の負担を負わせ顧客の損を図る等の種々の方法が顧客の無知に乗じて取られた。そして、顧客から更に追加の委託保証金を出させるべく、相場の動きと関係なく「今玉を増やせば儲けが大きくなる。」等の甘言を前記同様に弄したり、また、顧客に損が出ると、「損を固定する。」等と称して、両建(顧客の建玉が損になっている場合に、本来ならば建玉を仕切って相場の様子を見ればよいにもかかわらず、その玉と反対の売買の建玉を行わせることで、これにより、委託保証金が倍となり、手数料の負担も倍となる)等を勧めたり、更には「追加保証金を入金しないと海外市場で折角発生した利益が認めて貰えない。」等と半ば脅しともいえる勧誘を顧客の無知に乗じて繰り返すなどした。また、顧客の手仕舞い要求に対しては、もう少し待てば利益が出るなどと甘言を弄し、あるいは銘柄変更をさせたり、担当者を変えたり、更には担当者が居留守を使うなどして極力これに応じないようにしていた。
右のように、b社では、正常な取引行為は行っておらず、(名目上の社長のTから引き出した出資金等を除くと)顧客からの委託保証金が収入源であり、設立当初より顧客からの入金額から顧客への返金額を差し引いた所謂「差引き」を増やすことが同社の基本方針であって、そのために「差引き」等に応じて歩合給を支給するという所謂職能制度を導入したり、一定の目標に達した社員を海外旅行に行かせたり、賞品賞金を出したりなどしたものであって、まさしくb社は詐欺会社であったといえるのである。
以上のように、本件は、組織的かつ計画的な極めて多額の詐欺事犯であり、その態様は巧妙、執拗かつ悪質である。なお、被告人Y3を除く被告人三名については、本件に関し警察の捜索が入った平成二年一〇月のかなり後である平成三年一月にも共謀の上判示第二の犯行に及んでいたものであり、この点でも犯情が非常に悪いといわざるを得ない。
三 また、本件では、以前にもb社と同様の海外先物取引の詐欺会社複数社に勤務した経験を有する被告人らが、前記のような営業方法の違法性を知りつつ、高額の報酬等に釣られて前記各犯行に及んでしまっているのであり、勿論動機において酌むべき点はない。そして、捜査当局の摘発を免れるべく、被害の対象者については、社会的非難を浴び易く摘発を受け易い老人女性等の社会的弱者を避け、原則として前記のとおりの三〇歳代以上の会社員とし、また、玉発注についても、呑み行為や総向かい玉では警察の摘発を受け易いということを知って、前記のとおり「スプレッドオーダー」によるというなど従前の同種犯罪に比しても一層巧妙となり知能犯化が進んでいる。そして、本件のような事犯は模倣性が高く、その形態を少しずつ変じつつ度重なって発生する傾向があるのであって、社会に与えた影響も無視できないものである。
四 本件により、各被害者は真面目に稼働するなどして得た将来の生活基盤となる貴重な財産を失った(特に、前記のような半ば脅しともいえる勧誘により、被告人らに紹介されたいわゆるサラリーマン金融から高利で借金してb社に入金させられたため現在もその返済に苦しんでいる者もいる)ことによる経済的損失が大きいことはもとより、前記のような巧妙かつ悪質な手口によって受けた精神的衝撃も大きいものあり、その被害感情も強く、いずれも被告人らに対して厳重な処罰を望んでいる。
しかるに、右被害については、本件起訴前に弁護士を立てる等して精算することを求めた結果、預け入れた委託保証金の一部につき返還を受けた者がいるほかは、後記のとおり、本件公判係属中に、被告人Y3、同Y4、同Y2において、本件起訴にかかる損害額に比すると弁償とは呼び難いような少額の弁償金ないし和解金の支払いがなされているだけであり、今後も少なくとも近い将来に被害弁償の見込みがあるとは認められない。
五 被告人Y1、同Y2について
被告人Y2が誘ったことが発端となり、右被告人両名は協力して、b社を設立し、名目上の代表者であったTに代わり、それぞれ、専務取締役として会社業務全般の統括、常務取締役として主に営業活動全般の統括を行っていたものであり、いずれも協力の上前記営業方針の骨格を定め、他の共犯者等を指揮・監督、叱咤激励してきたものであり、毎月の営業会議等で、「差引き」を増やすこと等につき繰り返し指示し、また、損勘定になっていない顧客については損勘定に持ち込むための操作を命じ、そして、顧客に対する委託保証金返還について最終的決定権を有し、容易にその返還を認めず、被害を増大させていた。また、被告人Y2は、右に加え、営業活動についての具体的指示を行うとともに、自ら、顧客の損勘定増大のための「商い」(客殺し)を行っていた。このように、右被告人両名は、本件において最も重要で主導的な役割を果たしたもので、勿論いずれもその刑事責任が最も重いことはいうまでもない。
その上、被告人Y1、同Y2は、いずれも、役員報酬等として莫大な額の利得を得ており、この点でも非常に悪質であるといわざるを得ない。
従って、先ず、被告人Y1については、特に、その役割の重要性、主導性、利得額の非常な高さからして、その刑事責任は極めて重いものであるといわざるを得ないのであって、詐欺商法の海外先物取引業界に嫌気がさしたため、株式会社ゴルテック(ゴルフ場予約代行業)を設立し、営業開始したが、経営不振であり、その営業資金を得たいこともあってb社の専務取締役に就任したということ、会社の運営資金に窮し顧客との紛争解決のため自己の資金をつぎ込み資産を失ったということ、前科前歴がないこと、本件を後悔し反省していること、前妻は同被告人との再婚を考え、長女とともに同被告人の帰りを待っていること、前記のとおり本件起訴前に精算金等として被害の一部が回復しているといえること等の弁護人主張その他の同被告人に有利な情状を最大限考慮しても主文掲記の刑は免れないものと思料する。
次に、被告人Y2についても、特に、その役割の重要性、主導性、利得額の非常な高さからして、その刑事責任は極めて重いものであるといわざるを得ないのであって、本件起訴前、顧客との紛争解決のため、高利の金を借り入れ、妻から出して貰うなどして和解金ないし返済金を顧客に払ったこと、前科前歴がないこと、犯罪を犯すことが如何に割りに合わないか痛感したと述べ、かかる犯罪を繰り返さないと誓っていること、老母、妻子が同被告人の帰りを待っていること、そして、本件判決言渡期日当日の本年一二月二日付けで本件被害者の一人前記Cとの間で、同被告人が同人に四〇万円を支払う代わりに同人は同被告人に対する本件に関する損害賠償請求事件の訴えを取下げる旨の合意が成立し、これに基づき同日損害金として金四〇万円が同人に支払われたこと、前記のとおり本件起訴前に精算金等として被害の一部が回復しているといえること等の弁護人主張その他の同被告人に有利な情状を最大限考慮しても主文掲記の刑は免れないものと思料する。
五 被告人Y3、同Y4について
被告人Y3は、昭和六一年四月から同六三年八月まで営業次長として営業活動に従事した後、業務副部長として、平成二年一二月まで、海外への玉発注に関連する業務等に従事していたものであるが、前記のとおり、業務部の仕事は、委託保証金を社内に留保するための「スプレッドオーダー」等を行うものであるし、またこれは詐欺罪での摘発を免れるという目的の点でも非常に重要であるが、同被告人はこの部門の責任者として重要な役割を果しており、その刑事責任は、被告人Y1、同Y2に次いで重いものである。また、被告人Y4は、昭和六二年一二月から平成三年九月まで、営業課長次いで営業次長として、営業部門を統括していたものであるが、部下の営業社員に対する指導監督とともに自らも新規客の獲得及び獲得した顧客を損勘定に持っていく「商い」を行うなど営業活動実行の中心となっており、特に顧客を直接欺罔していたという点で悪質であり、その刑事責任は、被告人Y1、同Y2に次いで、同Y3同様に重いものである。
その上、被告人Y3、同Y4は、いずれも、給料、賞与等として非常に高額の利得を得ており、この点でも悪質であるといわざるを得ない。
従って、被告人Y3については、特に、その役割の重要性、利得額の高さからして、その刑事責任は非常に重いものであるといわざるを得ないのであって、同被告人は被告人Y1、同Y2の命令に従っていたものであったこと、前記ゴルテック再建に応じたところb社を手伝うように言われて支度金一〇〇万円を提示され金欲しさに入社に応じてしまったものであること、前科前歴がないこと、本件を後悔し反省し更生を誓っていること、妻が同被告人の帰りを待っていること、本件公判係属中に、妻の支援を得て本件被害者八人に対し各五万五〇〇〇円合計四四万円の弁償をなし謝罪していること、前記のとおり本件起訴前に精算金等として被害の一部が回復しているといえること、前記のとおり平成二年に退社したという点では他の被告人よりも犯情が多少なりとも良いといい得ること等の弁護人主張その他の同被告人に有利な情状を最大限考慮しても主文掲記の刑は免れないものと思料する。
また、被告人Y4については、特に、その役割の重要性、利得額の高さからして、その刑事責任は非常に重いものであるといわざるを得ないのであって、同被告人は被告人Y1、同Y2の命令に従っていたものであること、辞めることができなかったのは会社に対する借入金を直ちに弁済することができなかったことが主因である旨述べていること、前科前歴がないこと、本件を反省し同種事犯を繰り返さない旨誓っていること、妻と幼い女児があり同被告人の帰りを待っていること、本件公判係属中に、資力がないにもかかわらず、知人親族の支援を受けて本件被害者八人に対し合計四五万円の弁償をなし謝罪していること、前記のとおり本件起訴前に精算金等として被害の一部が回復しているといえること等の弁護人主張その他の同被告人に有利な情状を最大限考慮しても主文掲記の刑は免れないものと思料する。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑、被告人Y1、同Y2につき各懲役八年、被告人Y3、同Y4につき各懲役六年)
(裁判官 大渕哲也)
<以下省略>